クラウドコンピューティングという言葉が流通している。
これを、単なるバズワードとして片付けたり、よくできたキャッチコピーとして感心して見せることもできるが、いずれにしても、その言葉がリアリティをもってイメージできる状態にはなっているのは間違いないと思う。
私にとって、この言葉の技術的な裏づけを調べるのはあまり面白い思索ではない。むしろ、この言葉が、ある程度説得力を持ち、現実味を帯びている現象のほうが興味がある。
クラウドのイメージは、「電波」や「放送」に似ている。つまり、テレビやラジオ、および新聞などのメディアを置き換えるかのような印象を与える。テレビをコンピューティング環境に置き換え可能かどうかをイメージしてみることは面白い思考シミュレーションだ。
たとえば、テレビは、スイッチを入れるとたくさんの情報を得ることができるし、楽しめる。このメディアはスポンサーシップに支えらながら、少なくとも数十年、私たちの情報源となり、娯楽を提供してきてくれた。
イギリスでは、受信料を支払わなければ、テレビを見れないらしいのだが、日本の民放は「無料」で、特に面倒な操作を必要とせず、ニュースや映画、バラエティー番組にアクセスでき、日常的にそれを利用してきた。テレビはまさにクラウド的だといえなくも無い。
いうまでも無く、現在のコンピューターの機能性と処理能力はテレビを上回っているし、拡張性が高いし、何より重要な機能は、「コンテンツを作成し、開発し、発信できる」点だ。この機能は個人の創造性を発揮でき、きわめて大きな利点だ。
考えてみるとテレビと放送のシステムは誰でも使える良くできたテクノロジーだと思うし、優れた番組もたくさんある。が、テレビがいかに高機能になったとしても、この「コンテンツ作成能力」や「プログラム開発実行機能」をもてなければ、双方向性は生まれないだろう。そして、一方向の少数の組織が発信する情報の流れだけでは、もはや私たちは満足できなくなってきていると思う。人間は良くも悪くも欲望する生き物だ。そして、人間は進化し変化でき、状況に適応する。
そして、もし、クラウドがクラウドとして機能するためには、こうした端末から発信させるコンテンツを受け入れることのできる能力が求められ、必然的にオープンであり、カスタマイザブルであり、必然的にスケーラブルで無くてはならない。
インターネット+コンピューターテクノロジーが、電波+テレビを包含するには、まだ時間がかかるとは思うが、おそらくいつかそうなると思う。
テレビのように簡単に情報にアクセスできるコンピューター端末やアプリケーション、および、見る価値のあるコンテンツが増えることで、電波に変わるクラウドが実現することになると思う。
そのとき、私たちは今より充実した生活が営めるようになるだろうか?
双方向性からくるオープン性を損なわない限り、楽観的だ。
NEC、富士通などが自治体クラウドなるものに着手し、今後増えつづけるであろうITコストの3,4割減を目指すとの記事が掲載されていた。
Web版: http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091207AT1D0409W06122009.html
システムをウェブを通じて統合するのがクラウドだとすれば、それはそれで合理的だし、現在のネットワーク帯域とウェブテクノロジーの成熟を考えれば、十分実現可能であるように感じるが、ただ、この大手新聞の発表では、「ウェブテクノロジー」や「インターネット」ではなく「クラウドを用いて」とある。「クラウド」が実際どのような実装になるのか興味のあるところではある。