2009年、11月14日、ノーベル平和賞を受賞することになった、アメリカ、オバマ大統領が訪日し、東京にて演説を行った。
そのときの様子が、「ビデオニュース・ドットコム http://videonews.com」で、通訳つき、通訳無し、両方でビデオが公開されており閲覧できる。
http://www.videonews.com/press-club/0804/001278.php
(きわめて残念ですが、Windowsのビデオ形式です)
また、妻が取っている読売新聞11月15日の13面には、日本語訳された全文が掲載されていて、じっくり読むことができる。正確で良質な翻訳が、自宅に運ばれてくるシステムはすばらしくありがたいと改めて感じる。もちろん、上記のビデオを配信しているインターネットもすごいですが。
さらに、村上龍が主催しているメールマガジン「JMM」での「レポート・エッセイ」に投稿している冷泉氏の「USAレポート」では、アメリカ国内で今回の訪日がどのように取り上げられているか、そして、氏の鋭くオリジナリティに富んだ意見などを読むことができる。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/title3_1.html
テレビ(私の家で見れる地上波)では、大企業のCMばかりで、大事な「事実」をゆっくりと流す余裕がないようで、私の生活のスケジュールでこの演説を見つけ出すことはできなかった。
私、個人の「アメリカ」に対する感情や意見、印象は、10代、20代、30代で揺れながら変化している。それは、日本の変化、アメリカの変化、そして私の変化が組み合わさったものだろう。20代のころ、アメリカに出向き技術トレーニングクラスに参加したこと、子供を持つようになり「安全」「信頼」といったキーワードで眺めるようになったのが、結構大きいように思う。
今回の日本に対して発せられた言葉、日本に対して情熱的に訴えかけ、説明、啓蒙する姿をみて、今のアメリカを感じることができる。オバマは、政治家だけに話しているのではない。この姿勢こそがデモクラシーの原点だと思う。こういった直接的な訴えは信頼の始まりである。 ここまで、自分の考えをはっきりと表明し、理解を求めようとする外国の人をあまり見ない(私が知らないだけかもしれない)。逆に、日本人が他国に対して発言しているのも、あまり知らない(私が知らないだけだろうが)。この姿勢をフェアと呼ぶのだろう。おごり高ぶっているようには感じられないし、密室姓や閉塞感も無く、ご都合主義でもなく、さりとて形式ばっておらず、とても誠実なものだと思う。プロンプター(台本/カンニングペーパー)も無かったとのことである。(後日談:妻の話によると、両脇にあったらしい)
各国の状況を踏まえた上での、分かりやすい構想を具体的に示すことができる、そして、それを問う(聞いている人に考えさせることができる)ことができる、これが、リーダの条件だと思う。リーダーは支配者ではない。みんなが進んでいくために何が必要かを考え、知っているものであり、アイディアを持ち、みんなの参加を促す資質である。
この演説に招かれた、ビートたけしが、「居眠り」していたようである。私は、それを不謹慎だと思わず、とてもほほえましく、楽しいエピソードだと思う。彼は、孫のいるおじいちゃんであり、政治家ではなく、芸術家であり、芸人であり、人の不幸で飯を食っている週刊誌に一発食らわした英雄である。それくらいが粋である。
日本は、豊かで先進国ではあるけれども、大国ではない。だからといって、自主性や独自性、主体性を失う理由は全く無く、ひいては、卑屈になる必要も全く無いのである。より豊かで創造性を発揮でき、そのための安全を、どのように維持していくかをきちんと考えるべきだと感じた。日米安保の是非が問われた70年代を経て、これまで、アメリカがわれわれに示してしたことを冷静に評価しつつ、今後どうするかを考えるべきだと思う。
決して、二者択一論のような、子供じみた議論、および、目先の金銭に目を奪われてはいけない。